やりたくない

人生において必要なのは、「なにができるか」じゃない、「なにをやるか」だ。
できるできないばかり考えて自分の力を限定してしまうのはもったいない。
非常につまらない。
「勇気と無鉄砲とは違う」とはよく言ったものだが、ぼくとしては無鉄砲大いに結構、だ。
「命をかけて」進んでいく姿は賞賛に値すると思う。
ただ、安すぎる命ではあるけどね。

常に先を考え、ちまちま努力する。
いちばんカシコイ生き方だな。
楽をさせたいものだから、親は子供に言う、「勉強しなさい」
勉強しないでいま苦労してるものだから、たちが悪い。
しかしまあ、皮肉なことに「歴史は繰り返される」
子供も楽をしたいのだ。
「いま」の段階で。
これをくりかえすから、親のようになってしまうのだ。
親もいまの不幸にやり場のない憤りを感じる。
当然、どうしようもない「過去」に向けられたその後悔は、子供に投影される。
都合よすぎるが、まあ仕方ない。
それを煙たがってるようじゃ、奴らと一緒なんだよ。

後先考えずに、突っ走って生きていきたい。
死んだらそれが運命だと割り切れる自信もある。
自分を見限るのはいやなの。
カシコイ生き方をすること、それは「なにができるか」しか考えてない生き方じゃないの?

おれは、やるぞ。
…やりたくないけどね。
生きている意味なんか知らない。
でも、やるしかないから、しかたなく、あああああああああああああああああああああああああああああ

って、叫んでるんだぜ?手始めに。

(註:おれは親[特に父親]が嫌いでした。)

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