2005年6月 のアーカイブ

macとwindows

2005年6月23日 木曜日

macは、慣れるとメチャクチャ操作が早くなる。気がする。
windowsはそんな気がしない。こっちの方が断然長いのに。

原因?

まずひとつはやっぱりキーボードショートカット。
左手親指は常にコマンドキーの上。これだけでまかり通る。
windowsのコントロールキー?あれはだめだ、まず場所が悪い。
それにコントロールに割り当てられてるショートカットがあんまり多くない。
Alt+ファンクションキーは遠いので押さえづらい上に、windowsキーと押し間違える。
まずはショートカットのトリガーキーを統一しろ。話はそれからだ。

次にデスクトップとウィンドウシステム。
windowsはファイルブラウザのウィンドウ、アプリのウィンドウ、全部が各々「ウィンドウ」。
macはアプリがあって、その中でウィンドウが生成される。
アプリさえ切り替えれば、そのアプリのウィンドウがまとめて全面に出てくる。
これが快適。なんだが、始めはやっぱり違いに戸惑った。

・・・要は慣れ。なんだけど、macのほうが基本的に「使ってる感」が強いと思う。
こういうことを言い始めると「マッカー」と呼ばれバカにされるのだが、別にいい。
あぁ、OS9がマルチタスクになればなぁ。圧倒的に無理な話だけど。

なんとなく落ち着いて

2005年6月21日 火曜日

昨日の自分は最低だったなと思う。
まぁ、たまにはそんなこともあるさ。

アイデアだけで止まっている曲がいくつか貯まっている。
メロディと歌詞の一部、あるいはリフとかのイメージだけ出来た状態でストックしておくので、何年も前に作った曲なのに弾き語りさえ出来ない状態の場合もある。

1日1曲とか意気込んでた時期もあったけど、天才でもなければプロでもないのでそんなにうまくいかないし、つまんねー曲を作ったって楽しくない。
でもしっかり出来た曲は完成させて日の目を見せてやらないといけない気がする。
芸術だなんて思わないけど、所詮ロックだし、演奏してなんぼだと思うし、バンドも曲が完成するの早くなってきたし、ちんたらしてたらライブが出来ないし、焦らなきゃいけないと思う。
放っておいたらバンドなんてすぐに出来ない状態になる。もうそんな年。

男、21歳。お嫁には行けないしなぁ。

回る。

2005年6月20日 月曜日

ああ、どうかしてる。
あの子はそんな子じゃない。

おれが一番不安なのは、本当は離れた彼女のことだ・・・
裏切った?捨てた?ぐるぐる回る。

切り替え

2005年6月14日 火曜日

中学と高校の始めまで、バスケットをしていた。
きっかけはなんだったか分からないけど、バスケットは好きだった。
そのときのコーチ、まぁ恩師と言っても過言ではない先生(にしては結局裏切ったような形だけど)の口癖を、折にふれて思い出す。

「切り替えはやく」

この先生はとかく「部活は学校教育の一貫で、そこから何かを学ぶものだ」と言う考え方に代表される、いわゆる少し「古い」タイプだったために、生徒からの人気がハッキリ別れていた。
おれはそのあたりは抵抗なく、しっかり学ぶものを学んだ気がする。

さて、切り替えについて。
ほぼ確実なシュートをはずしたからといって落胆していたってしょうがない。
バスケットは展開の早いスポーツだから、ぼやぼやしているとすぐ点をとられ、結局2倍の点を損することになるのだ。
だったらそこはしっかり切り替えて、2点だけの損に抑えよう、そういう意味だ。

つーこって、ぐだぐだ言うのはやめました。

だらり

2005年6月14日 火曜日

人を裏切ったり、無視したり、あんまりよくないことなんだ、とは思う。
自分は割と冷たい人間なんだ、とも思う。

「優しい人が好き」
あのなぁ、男はなぁ、気があれば優しいんだよ。
それは「自分を好きでいてくれる人が好き」ってことでしょ?

そんなに気を張って生きていけませんので。
勝手で結構。
おれだってしっかり寝たいし、無理してまで優しくなんて、できないね。

からだはひとつ

2005年6月13日 月曜日

いろんなひとの呼び出しがある。
全部に対応するのはやっぱ無理。
おれはおれが一番楽しいようにしますので。

自分のために生きています。

けいたいでんわ

2005年6月1日 水曜日

auのデザインプロジェクト携帯、talbyを買った。
デザイン性も含め、ストレート型の携帯が好きなのでほぼ選択肢はこれしかなかった。

なぜ、折り畳み型携帯がこんなにもはびこってしまったのか。
一番の原因は機能強化合戦だろう。
ターゲットとする購買層(頻繁な機種変更層)にアピールする多機能性とはすなわちエンターテイメント性であって、当然のようにオーディオ、ビジュアル面が肥大化するため、それを吸収するだけの液晶ディスプレイのサイズを確保しなければならないからだ。

でも今は。おれは評論家でも業界に詳しいわけでもないけど、この流れはそろそろ終わりに向かってきているのかもしれないと思う。
ツーカーS、auデザインプロジェクトシリーズ、docomo preminiシリーズのそれなりのヒットで、折り畳み(=過剰な多機能)はそろそろお腹一杯な様相を呈してきているんじゃないか。
『カレンダーも目的地も/テレビやましてやビデオなんて/いりませんノンノンぼくら/退屈ならそれもまたグー』(イージューライダー/奥田民生)
若いってこうあるべきだと思う。便利な世の中にハングリーさを取り戻すために、携帯を、って、あれ?

まぁ要するに、折り畳みはダサイと思うってことだ。