2006年6月 のアーカイブ

いのち

2006年6月26日 月曜日

誰の言葉だか忘れたけど、「いのちが喜ぶ」という言葉が好きだ。今の今まで忘れていたけれど。

「人生どう楽しむか」みたいなことを考えてきたけど、所詮人生なんて、肉体の上に宿ったパーソナリティが、いつ滅ぶかをびくびくしながら営む精神活動のことじゃないか。

「いのちが喜ぶ」という言葉は違う。パーソナリティなんか目じゃない。肉体そのもの。肉体レベルで欲する喜び。より本能的と言える悦び。

それは「いのち」に関わるポジティブな活動のことなんじゃないだろうかと思う。人を愛する、子供を授かる、友と語らう…とにかく、それは「人とつながる」ということに尽きると思う。まとめよう、「いのちが喜ぶ」とは、「人とつながる」ということだ!

自分が何かしたことで人が喜ぶ、そしたら自分もうれしい。自分が満足することをしても、誰も喜ばない。確かに満足だけど、そこにある空虚は埋まらない。ありがちだけど、その空虚は、自分じゃない誰かにしか埋められない。

大人になって、大事な人ができて、それを意識するようになって、ようやくわかること。あんなになりたくなかった大人だけど、大人になってよかったと思える。

もっといのちが喜ぶことを、つまり人が喜ぶことをしたい。人生なんてたいしたものじゃない。死ぬまで振り返れないのに、どうせ死んだら振り返れやしないんだから。だったら誰かを喜ばせたい。

それをもって、僕の人生の意味としたい。

ザ・ピロウズ

2006年6月11日 日曜日

どんなにおれがヘタレていても、ピロウズだけは優しくそばで歌ってくれている気がする。

そんなふうに、誰かの特別になりたい。

誰かの心の深淵にまで届く歌が、その誰かの人生には絶対に必要だと信じてる。
そんな歌を作りたい。

もう少しだけ、頑張ってみる。

1ヶ月もあいてしまった

2006年6月6日 火曜日

「余裕」ってのはお金の量だと相場は決まっているのだが、「お金がないから不幸せ」なんて口が裂けても言えないものだ。

だけど、ふと気づくと使わなくてもいい金を使い、やらなくてもいいバカをやり、ならなくてもいい自己嫌悪に陥り、自殺しかねないほどの美しさの火花を放出しながら人生が花火のように散ってしまいそうでやりきれなくなる。

個人的感情としては金がなかったら本当に不幸せかというと実際そうでもないわけで(それが貧乏人理論だとしても)、どうせだからやりたいことは全部やって、やるべきでないことは全部やめて、然るべき自己実現を目指していきたい次第であります。

仕事とバイトとバンドと彼女でいっぱいいっぱいになってしまうようではタカが知れてるけど、「そんなはずはない!」などと言いながら、明日には何か素晴らしいアイデアやら何かが沸いてくるのを期待しているだけではいけないのです。

毎度のことだけど、着実に一歩一歩進んでいかなければならないのは、長くもない人生だけどいつも変わらないなぁ。ショートカットがあれば間違いなくそれを選んでるのに…

さっきの記事に補足

2006年6月1日 木曜日

先ほど、友達に誘われた。
すごく重大なヒントを得た。

問題なのは、「満足」がひとりで完結してしまうっていうこと。
金も時間も、自分だけじゃなく他人のためにもなればいいんじゃないかな?

まだ文章になってないけど、すごく大事なことかもしれない…

美しい人生とは

2006年6月1日 木曜日

スロットをする。そして負ける。
勝っても負けても何も残らない、時間と金が湯水のように失われていく。

そんなことは毎回毎回思い知っている。
そして「やめよう」といつも思うのだ。
それがやめられない理由、そう、単純に…他にやることがないのだ。

彼女もいるしバンドもするし仕事もある。
金は大事にしたいし時間も他に使うべきことはたくさんある…本当にそうか?

おれが、自分のためだけにできる、100%満足する過ごし方とは何か。
それこそが求めてやまない「他にやること」なのだ。
何をやっても満たされない。酒でも女でもない。

おれにその「満足」ってやつをくれ。おれが欲しいのは、それだけだ。