「デッサン力」がない人が「絵を描く楽しみ」を味わえる時代の記事、最初のコメントが非常に不快だったのでエントリ。
(10/19追記…ここを書き忘れてたので意味がわかんなかった人には申し訳ない。)
コメント欄に返信するのも気が引けたので、トラックバック。
全面的にPhotoShare/SmallCanvasの考え方は素晴らしいなあ、と思っている。
わくわくする未来があると思っている。
例えば、携帯メールを「手紙を書くのが苦手だから」と送らない人には、
「携帯メールはそんなんじゃないから、もっと気楽にやりなよ」と言ってやれると思う。
例えば、「文章を書くのが苦手だから」とブログをやらない人には、
「ブログはそんなんじゃないから、もっと気楽にやりなよ」と言ってやれると思う。
例えば、「写真を撮るのが苦手だから」と携帯で写真を撮らない人には、
「携帯の写真はそんなんじゃないから、もっと気楽にやりなよ」と言ってやれると思う。
絵だって同じでしょう。
なんだかんだみんな絵を特別扱いしたいのか、
「デッサン力は基本で、そこから先に表現がある」とか言ってしまう。
それは違う。
僕は美大に行ったし、予備校でデッサンも習った。考え方も学んだ。それは、
「デッサンは物の見方そのものだ。ちゃんと描けないってことはちゃんと見えてないってことだ。」
ということだった。それは今でも心に残っている。
見えてなければ見えないなりの描き方をすればいいと思う。
描くことを純粋に楽しめばいいと思う。そういう場があってもいいじゃない。
ブログとか携帯の写真と同じように。
ブログの文章が小説の価値を下げたり、携帯の写真が写真家の芸術写真の価値を落としたりはしない。
塗り絵だっていいじゃない。写真をデッサン代わりにした画家もいたじゃない。先日テレビでやってたよ。