‘ameblo時代’ カテゴリーのアーカイブ

いかにして生きるか、

2005年10月20日 木曜日

何分規則的な生活を送っていると、自分が生かされている現実を忘れそうになる。
おれは死ぬ。その事実、またそれに附随する様々な感情その他を際限なく薄められてしまった。
子供のおれは汚され、社会に感情をどんどんブラッシュアップさせられている。
単純な生活を送っていると、感情はどんどん単純化されていってしまうということだ。

生きることは表現だ。世界に名を刻み、誰かの心に死ぬまで残る。
表現は人間性だ。人間存在は理性と感性のバランスで成り立っている。
感性を使って生きなければ、すぐにだって路傍の石に成り下がる。
見て、感じて、創るというサイクルは、放っておいたらすぐに形骸化して、腐る。
流れ作業ではない。油を差せ。目を覚ませ。

適正な仕事量=(体力+精神力/2)*0.7

2005年9月19日 月曜日

各々キャパシティというものがあって、それを超えた仕事は悪循環を引き起こす。
こんなスポーツの世界では当たり前のようなことが、仕事(私の環境限定かもしれないが)となると無視されている場合が多いようだ。今どき硬式野球部でも精神論的トレーニングというのは流行ってないんじゃないだろうか。
体が水を必要とする前に水分を補給することから始まり、筋力トレーニングはセット法を用いるのがもはや常識だ。しかもトレーニングと仕事の違うところは、オールアウトしてはいけないという部分だ。

その日の仕事でキャパシティぎりぎりを出し尽くしてしまうと、まず間違いなく次の日の仕事に支障が出る。しかもその場合残業時間が当然長いから、十分な休息時間が取れず、回復しないまま次の日の仕事に望むため、集中力はイマイチになり当然時間がかかる。結果残業時間がまた増え、体力精神力共に回復しないまま一週間が終わる。

当然仕事を効率化し、最短時間で終わらせることは必須だ。だが管理職の人間はその具合を考慮しつつ、それを正確に把握し、個々人のベストパフォーマンスをほぼ100%の割合で引き出してやるのが努めなんじゃないだろうか。そうすれば自分だって残業が減るじゃないか。

愚痴になってしまったけど、自分の仕事に対する意識の高さを保つための覚え書きとして。
よし、頑張って早く帰ろう。

バカは死ななきゃ治らない

2005年9月16日 金曜日

何をしてもそれなりにできる人間と、そうでない人間がいる。
その差は何か。経験上、「物事を正確に捕らえられる」という能力に他ならない。
これは人間が生きていく上で当たり前に必要な能力であり、学校教育とはこの能力を育てるためのものである。国語は言語を操れるように、数学は単純化された世界の中での「仕組み」を操れるように、といった感じで、平たく言えば文系は「人間を読む学問」、理系は「世界を(自然を)読む学問」と言える。

が、「正確に」となると今の学校教育ではちょっと難しい。なぜなら受験のための「勉強」しかそこには存在しないからだ。上記のようにその細分化された学問の本来の意味を理解した上で学んでいないから、「数学なんて社会に出たら使わないよ」なんて言ってしまう。使えないのはお前の方だ。

理系だとか文系だとかの枠組みは受験のためのものでしかない。それなりにできる人間というのは、そういう枠組みを意識しない。本質を見つけてしまえば、目の前にあるものに四苦八苦しなくても済むからだ。一を聞いて十を知るとはこのことである。

わかりやすく言うと、できる人間は「視野が広い」のだ。物事を多角的に捕らえて、本質を頭の中でインデックス化してしまう。他の問題にぶつかっても、インデックス化された知識やノウハウを転用できる。すると新しく覚えたり学んだりすることは最小限で済み、結果「できる」と言うことになるという仕組みだ。

適材適所という言葉がある。
これはこの「できる」「できない」を分けることじゃないかと思う。(日本においての)貧富の差、そんなものはあって当たり前だ。状況を嘆くくらいなら死んでるのと同じだ。まずはそのおめでたい頭の中を入れ替えたらいかがだろうか。

書きたいことは山ほどある

2005年9月6日 火曜日

…が、いつも書く環境になかったり、眠くて寝てしまったりする。
ダメだ。これは自分の為にすごくよくない。
結局、結構な数のアイデアや考え方を無惨にも闇の中へ還してしまっているのだ。

いろいろとwebデザインについてとか音楽についてとか自分の将来についてとか考えた。
確かにそれは記憶されるものだけども、それらは日々更新されるものであって、常に頭の中には最新版の情報しかない。
だんだんとシェイプされまとまっていくのはいいのだけれど、後で捨ててしまったものを取りかえしたくなることもある。
というか、それをしないとけないのだ。推敲とはそういうことだと思う。
そのためには「ログ」を取るのが一番。それを簡単にしてくれたのがウェブログ。
のはずが、結構面倒くさいとついに気づいたおれがなすべきこと、それは!

もっと簡単な方法を模索する

あ…その模索のログはどこに溜めればいいんだろう。

ブログ

2005年8月16日 火曜日

トラックバックされたみたい。(註:amebloの話です。milerla.orgには引継がれていません。)

ブログがその価値を見出される理由のひとつに、このトラックバックがある。
トラックバックは自動でリンクを張り、関連記事のネットワークを形成する。
結果、情報としての価値が高まり、ブログが「情報のツール」として成り立ち得る。
SEO的にも効果が高い。

日本人のブログが、本来の意味として機能するかどうかは流行り始めから疑問の声があった。
実際自分も日記としか考えていないし、大多数は「手軽にホームページが作れる」位にしか思っていないんじゃないだろうか。
今の日本のブログの状況がどうかは知らないし、興味もない。
だけど、ちゃんと「使えてる」人が増えているんじゃないかな、とは思う。
だから何ってわけじゃないけど、一人ひとりが自由に自分を表現していける時代が来ている気がする。
それはすごく、喜ばしいことだ。

パーソナルコンピューターの、インターネットの時代。「情報化」なんて言ってほしくはない。
人間は、人間の感情は、人間の感情の表現は、情報化できないと思いたいから。

全然書いてないのだけど

2005年8月8日 月曜日

書きたいことはいっぱいある気がする。

さて、歯が痛い。
左の奥。21歳。親知らずである。
今までに上の2本はすでに萌えているんだけど、全然痛くなかったからちょっとビビってみて歯医者に行ったら、

「まぁ普通に萌えて来てるから少し様子を見ましょう」

だそうだ。一安心。
しかし誤解を招くので歯が「萌える」なんて綴らないでほしい。これで「はえる」って読むのかな?

初めて知ったのだが親知らずっていうのは生物の進化上退化傾向にある部分のひとつのようで、実生活上必要ないといえば必要のない部分らしい。「尾てい骨は尻尾の名残」みたいな。
生物の進化に立ち会っている気分で少し壮大だけど、何千年も先には親知らずに苦労しないかと思うと無意味に壮大な親知らずが逆に憎い。
ちっとも萌えません。

ひさしぶりに

2005年7月11日 月曜日

更新でもしてみようか。
基本的に人に伝えたいことなんて何も無いんだ。
だからこんなところで書くことなんて、本当は、無いんだ。
表現に対するあこがれと、そうすることでもしかしたら得られるんじゃないかと思う満足感を求めているだけ。
おれはうすっぺらだ、ひどく。

眠れもしなければ、何かを創り出すことも、技術を磨くことも、欲望を満たすことも、できない。
何かをしなけりゃいけない、無駄にする時間なんて、本当は無い。
だからかろうじて音楽を聴いている。

どえらいことはなくていい。
自然に、ごく自然に、自分を見つめる。
そのために、おれは書く。借り物の言葉で、どこかで聞いたことのあるメロディで。

macとwindows

2005年6月23日 木曜日

macは、慣れるとメチャクチャ操作が早くなる。気がする。
windowsはそんな気がしない。こっちの方が断然長いのに。

原因?

まずひとつはやっぱりキーボードショートカット。
左手親指は常にコマンドキーの上。これだけでまかり通る。
windowsのコントロールキー?あれはだめだ、まず場所が悪い。
それにコントロールに割り当てられてるショートカットがあんまり多くない。
Alt+ファンクションキーは遠いので押さえづらい上に、windowsキーと押し間違える。
まずはショートカットのトリガーキーを統一しろ。話はそれからだ。

次にデスクトップとウィンドウシステム。
windowsはファイルブラウザのウィンドウ、アプリのウィンドウ、全部が各々「ウィンドウ」。
macはアプリがあって、その中でウィンドウが生成される。
アプリさえ切り替えれば、そのアプリのウィンドウがまとめて全面に出てくる。
これが快適。なんだが、始めはやっぱり違いに戸惑った。

・・・要は慣れ。なんだけど、macのほうが基本的に「使ってる感」が強いと思う。
こういうことを言い始めると「マッカー」と呼ばれバカにされるのだが、別にいい。
あぁ、OS9がマルチタスクになればなぁ。圧倒的に無理な話だけど。

なんとなく落ち着いて

2005年6月21日 火曜日

昨日の自分は最低だったなと思う。
まぁ、たまにはそんなこともあるさ。

アイデアだけで止まっている曲がいくつか貯まっている。
メロディと歌詞の一部、あるいはリフとかのイメージだけ出来た状態でストックしておくので、何年も前に作った曲なのに弾き語りさえ出来ない状態の場合もある。

1日1曲とか意気込んでた時期もあったけど、天才でもなければプロでもないのでそんなにうまくいかないし、つまんねー曲を作ったって楽しくない。
でもしっかり出来た曲は完成させて日の目を見せてやらないといけない気がする。
芸術だなんて思わないけど、所詮ロックだし、演奏してなんぼだと思うし、バンドも曲が完成するの早くなってきたし、ちんたらしてたらライブが出来ないし、焦らなきゃいけないと思う。
放っておいたらバンドなんてすぐに出来ない状態になる。もうそんな年。

男、21歳。お嫁には行けないしなぁ。

回る。

2005年6月20日 月曜日

ああ、どうかしてる。
あの子はそんな子じゃない。

おれが一番不安なのは、本当は離れた彼女のことだ・・・
裏切った?捨てた?ぐるぐる回る。